バカだなぁと思う人間と遭遇した時にイラっとする理由を考えた

僕は普段、人との接触機会が少ないにも関わらず、バカだなぁと思う人間と遭遇することがある。

※今回はバカという単語を連発するが、これ以外の表現が思い浮かばない。不快に感じる方には先にお詫びしておきます。

(僕も自分自身はバカだなと思っているので、というか人はみんなそんなに変わらないと思っているので、そういう幾つか欠点がある人が普通だという前提で話を進める。

ここで言っているバカというのは、常軌を逸したレベルの人間の話だ。)

バカとの遭遇

先日、自動車でスーパーに買い物に行った帰り道、悪質な幅寄せ運転をされた。

僕は3車線の道路で左側を走っていたが、停車している車があったので右に車線変更した(真ん中の車線に移動)。

元々、真ん中の車線には白い軽自動車が走っていたが、その前に入ったような形だ。

すると白い軽自動車は何を思ったのか、突然スピードを上げ、真横に並んだかと思うと、急に幅寄せしてきて、ぶつかりそうになったので僕は減速し車線を右に戻し、事故を免れた。

こちらが避けることができたので、事故には至らなかったが、非常に危険な行為をされ、気分を害した、というか憤りしかなかった(怒)。

その時、僕の心の中での怒りの思考はこのような感じだった。

間違いなく幅寄せしてきた人間は知能が低い。つまりバカだ。

そもそも、日本の自動車免許は、取るのが簡単すぎるのではないか。

IQテストや性格テストを、もっと厳しく行うべきではないか。

(僕も取れなくなるかもしれないが、そのときは仕方ない。)

視点を変える

こんなことを考えて、少しの間なんとも言えないムカムカに心が埋め尽くされていたのだけど、バカに関して考えて、これ以上時間を無駄にしたくないので、少しだけ視点を変えて考えてみた。

まず、僕の運転に問題はなかったか?

もしかしたら、急な割り込みのようになっていたのかもしれない。

確かに、割り込まれたらイラッとしてしまう気持ちはわかる。

それを流せるのが普通の人で、ダッシュして追いついてきて幅寄せまでしてしまうのはバカの所業以外のナニモノでもないとは思うが、全部が全部、相手が悪いわけではなさそうだ。

これからどうすればいいかといえば、やはり運転には細心の注意を払わなければいけない。

どこにヤバい人がいるかわからないので、できるだけ運転機会を減らすことも考えてもいい。

そういえば、普通の人の人生が狂うケースで現実的に起こりうる可能性が高いのは、自動車事故であるという話を、免許更新の時に聞いたことがある。

確かに、どんなに順風満帆な人生を送っていても、日常的に利用する自動車によって、簡単に人生が狂ってしまうことはあり得るだろう。

僕が相手に瞬間的に怒りで対応して、道を譲らなければ、またはタイミングが悪く、避けた先に別の何かがあったら等、少しの判断ミスで人生が狂う要素は、案外身近に転がっているのだ。

僕が今回の相手を刺激してしまった点は、自ら反省するべき部分なのであろう。

あとは、少しネットの動画で調べたのだけど、危険な運転をしている自動車が、なぜか白い軽自動車であることが多い。

僕も白い軽自動車にやられた。

何かあるのかわからないが、白い軽自動車には気をつけようと思う。

心穏やかが一番

感謝できるところを探す

今回の出来事は、自動車との付き合い方を再考する機会になった。

もしかしたら将来起こり得る大事故を、これによって避けることにつながっているのかもしれない。

そう考えると、今回出会った人にも感謝できる要素がある。

事故という大きな被害をもたらすことなく、僕に教訓を与えて去っていった、あの白い軽自動車が、今は微妙にかっこよく思えてきた。

バカにひどいことをされたり言われたりしても、自分の学びに変換する思考法ができれば、もはや無敵なのかもしれない。

バカにイラっとした理由

その後、なぜ僕が幅寄せ運転に対して怒りがおさまらなかったのかについて、考えてみた。

それを考えるには「正義」に関して考える必要があるが、人間というのは基本的に正義を求める生き物だと思う。

そして、人間が正義を求めるのは、不公平をなくすため、釣り合いを保つためだと言われている。

あらゆる物事、売買や国からの分配などで、釣り合いが取れていなければ、それにより害を受ける人が出てくる。

そうならないため、釣り合いが取れるために必要なのが正義ということなのだ。

害を受けるというのは、権利を侵害されるということである。

みんな自分の権利を侵害されたくないから、他人の権利を侵害しない義務を負う形になる。

みんな仲が良ければ、正義なんて考える必要はないだろうが、世の中はいろんな人がいるので、権利侵害をしてくる人間もいる。

そのために正義が必要だし、正義に反することがあれば、憤りを覚える。

こうして考えると、あらゆる怒りは正義感が関係しているように思える。

怒って当然だがその後の反応は選べる

今回の幅寄せ運転は、自動車事故を起こすことも辞さないほど暴力的かつ、馬鹿馬鹿しいもので、場合によっては命というもっとも大きな権利を侵害されかけたこちらとしては、それが釣り合いが取れておらず正義に反していると感じ、強い憤りを覚えたのだと思う。

割り込み運転をしやがったな!→命を差し出せ!と言われているようなものだ。

どう考えても釣り合いが取れていないのである。

かなりおかしい話であり、僕が怒るのも無理はない。

こうして考えると、今回の相手のような人間は、このようなことを考えることができない人間であり、こちらがうまく避ける以外に対処方法はないものだと思う。

「バカに付ける薬はない」のである。

他人への愛や奉仕を生きる姿勢の前提としつつも、やはり無理なものは無理なのである。

一番良くないのは、怒りに流されて相手に対抗することだろう。

怒りは2、3日経てば、大体治る。

そして1年後には、ほとんど忘れている。

「豚と争ってはいけない。泥にまみれるだけだ。」という言葉のとおりである。

あとは自衛のために、ドライブレコーダーは必須なのではないかと思う。

最後に、バカに関して好きな本を紹介しておきます。心がスッキリするかもです。